著者:雫井脩介


鎌倉の地で大正時代から続く陶磁器展を営む久野家。店主の貞彦とその妻・暁美は、息子・康平が跡を継いでくれる、ということもあり、平和に暮らしていた。しかし、その息子が何者かに殺害されてしまう。まもなく、犯人は逮捕されたものの、その犯人は康平の妻・想代子の元交際相手。しかも、後半において、犯人は、想代子に息子殺しを依頼された、と言い出して……
という、事件が(法律上は)解決した、というところからが本番の物語。主人公たちが、事件に直接は関わらないのだけど、事件を巡って想いが交錯して……。同じような形で描かれた著者の傑作『望み』という作品があるのだけど、ある意味では、本作の方が、よりドロドロとした感情が渦巻いている。
物語は多視点で綴られるのだけど、基本的には現女将である暁美がメイン。息子が殺害され、犯人は、息子の嫁に依頼をされた、などと口走る。勿論、唐突に言い出しただけで何の証拠もないし、法的にも嫁が罪に問われるということもない。しかし、息子によるDVに悩んでいた、という犯人の言葉は、痣を作っていた嫁を見たことがある身としては看過できない。苦し紛れの虚言。そうは思うものの、その一言が心に突き刺さる。そんな中、嫁である想代子、孫である那由太との同居生活が始まって……
殺人事件とい非日常の大事件はあるものの、疑念の種はほんの小さな出来事。しかし、嫁、孫との同居が始まり、些細なことが気になっていく。息子が殺害されたというのに、知らせを聞いた嫁は泣いていなかった。夫の貞彦は、あまりのことに動転していただけだろう、という。無論、そう言われれば反論のしようがない。けれども……
嫁姑問題、なんていわれるように、そもそも赤の他人であった同性の人間が一緒に暮らせば、そこに軋轢が生まれるのは必至。しかも、息子は死亡しており、間に入る人間が不在。不穏な言葉が突き刺さる。暁美自身も、疑いすぎ、というのは自覚している。けれども、その気が合わない部分とか、そういうものがどんどんと疑念にすり替わっていく。しかも、店そのものも、街の再開発事業においてどうするのか? なんていう決断を迫られており、さらに噂話などを仕入れてくる暁美の姉・東子の言葉などもあるから余計に……
この辺り、普通に暮らしていても当然に起こりえる状況。だからこそ、疑念が積み重なっていくさまが生々しい。
物語としては、そういった疑念が積み重なった上での、一つの真相解明がちょっと急展開過ぎないかな? という感じはするのだけど、主眼はそこではないのだろうな。
一度生まれた疑念が、どんどんと膨らんでいく過程。その生々しさが非常に丁寧に描かれていたと思う。
No.6485

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この記事は、「新・たこの感想文」に掲載するために作成したものです。
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という、事件が(法律上は)解決した、というところからが本番の物語。主人公たちが、事件に直接は関わらないのだけど、事件を巡って想いが交錯して……。同じような形で描かれた著者の傑作『望み』という作品があるのだけど、ある意味では、本作の方が、よりドロドロとした感情が渦巻いている。
物語は多視点で綴られるのだけど、基本的には現女将である暁美がメイン。息子が殺害され、犯人は、息子の嫁に依頼をされた、などと口走る。勿論、唐突に言い出しただけで何の証拠もないし、法的にも嫁が罪に問われるということもない。しかし、息子によるDVに悩んでいた、という犯人の言葉は、痣を作っていた嫁を見たことがある身としては看過できない。苦し紛れの虚言。そうは思うものの、その一言が心に突き刺さる。そんな中、嫁である想代子、孫である那由太との同居生活が始まって……
殺人事件とい非日常の大事件はあるものの、疑念の種はほんの小さな出来事。しかし、嫁、孫との同居が始まり、些細なことが気になっていく。息子が殺害されたというのに、知らせを聞いた嫁は泣いていなかった。夫の貞彦は、あまりのことに動転していただけだろう、という。無論、そう言われれば反論のしようがない。けれども……
嫁姑問題、なんていわれるように、そもそも赤の他人であった同性の人間が一緒に暮らせば、そこに軋轢が生まれるのは必至。しかも、息子は死亡しており、間に入る人間が不在。不穏な言葉が突き刺さる。暁美自身も、疑いすぎ、というのは自覚している。けれども、その気が合わない部分とか、そういうものがどんどんと疑念にすり替わっていく。しかも、店そのものも、街の再開発事業においてどうするのか? なんていう決断を迫られており、さらに噂話などを仕入れてくる暁美の姉・東子の言葉などもあるから余計に……
この辺り、普通に暮らしていても当然に起こりえる状況。だからこそ、疑念が積み重なっていくさまが生々しい。
物語としては、そういった疑念が積み重なった上での、一つの真相解明がちょっと急展開過ぎないかな? という感じはするのだけど、主眼はそこではないのだろうな。
一度生まれた疑念が、どんどんと膨らんでいく過程。その生々しさが非常に丁寧に描かれていたと思う。
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