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冬にそむく

著者:石川博品



世界はすっかり変わってしまった。上がらない気温。九月に振る雪。このままずっと「冬」が続くことを人々は知った。そんな時代、神奈川県の小さな港町で生まれ育った高校生・天城幸久は、クラスメイトの真瀬美波と付き合っている。クラスメイトにも知られることなく。幸久は、別荘として建てられた家で一人暮らしをする美波の元へ雪かきに行き、そして密かにデートをして……
ここ2作くらいの著者の新刊が、色々なものをごった煮にしながら、しかし、破綻をせずにまとめ上げる、というような作品だったのだけど、久々の新刊は、物語の舞台設定のような静かな作品だな、というのをまず思う。
冒頭に書いたように、気温が上がらず、ずっと「冬」が続くようになった世界。そんな世界に生きる幸久が、近所に住む少女・美波と密かに付き合い……という物語。こういう世界観だと、ディストピアモノのような感じに思うかもしれないけど、社会は普通に続いている。ただし、ちょっとだけ、これまでの世界とは変わってしまった、というだけで……。物語のモチーフとなっているは、文字通りの現代の社会情勢そのものだな、というのは感じる。新型コロナウィルスの蔓延。それに伴う自宅待機とかが一般化し、さらに、ロシアのウクライナ侵攻から始まる世界的なエネルギー高騰。起きたことは全く違っているのだけど、でも、どうしても現代社会のそれを頭に思い浮かべずにはいられない。
そんな社会の中で、しかし、ただ、目の前で幸久と美波はデートをし、共に遊んで……。描かれるのは本当にそれだけ。それだけなのだけど、社会背景が語りかけてくるような印象を抱かせる。
何しろ、冬が続くようになった社会。まだまだ暑い時期のはずなのに雪が降り、雪が強くなれば電車などもストップしてしまい、授業はリモートに。そろそろ大学進学も視野に入る時期。しかし、学校にいけない日も多く、教師もリモート授業に不慣れ。学校生活をしている、という意味ではこれまでの日常通りだけど、でも確実にそれは続く。さらに、漁業と海水浴を中心とした港町にとって、その「冬」の影響は大きく経済は停滞。エネルギー不足で電気代などは高騰。確かに、これまでの社会の続きではあるがしかし、希望があるのか、というと……。
続いている日常。けれども、確実に変わっていく世界。自分自身の生活。何となくの不安感の中で、でも続いていく日常。劇的な展開があるわけではないし、世界の危機もまた続くだけ。でも、生きている。そんな物語は、ちょうど今の社会を生きる人間の生活を、非現実な設定で切り取った。そんな感じがしてならない物語だった。

No.6594

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Tag:小説感想ガガガ文庫石川博品

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