fc2ブログ

四重奏

著者:逸木裕

Amazon
BOOK☆WALKER

音大を卒業したものの、しがない漫画喫茶の店員として日々を過ごす坂下英紀。そんな彼は、「火神」とも呼ばれる異端のチェリスト・鵜崎顕が率いる四重奏団のオーディションを受ける。鵜崎四重奏団は、かつて英紀が想いを寄せていた黛由佳が所属していた楽団。だが、そんな由佳は鵜崎の下では、英紀が憧れた自由な演奏を失い、様子がおかしく、そして、不可解な死を遂げていた……
最近、音楽関連の作品が多くなっている著者。本作もクラシック音楽というのが題材。
物語の中心にあるのは、英紀が由佳の死の謎を解く、というもの。よくクラシックを語る際に言われるのが、その音楽をどう理解するのか? とか、そういう言葉。基本に忠実な音楽をやってきて行き詰ったかつての英紀は、自由過ぎるくらいに自由な由佳の演奏に惹かれた。だが、鵜崎の元にいた彼女には……。一体、そこで何があったのか? それを探るためにも、オーディションに参加することに。そんんな謎があるのは間違いないのだけど、それよりも、音楽の「解釈」を巡る考察が印象的。
由佳が所属しており、また、英紀がオーディションを受ける楽団の主催者・鵜崎。彼の答えは単純明快。「オリジナリティは不要」「音楽家の仕事は客に解釈を与えること。そのために必要なのは、技術と演技力」そう断じる男。故に音楽界には敵が多く、異端の存在とも言われている。
自分は音楽はサッパリわからない人間だけど、だからこそ、この鵜崎の主張が刺さる。
この曲は、作曲者がこういう心境で作ったのだ、とか、そういう解説とかあるけれども、その中には眉唾なものもある。そもそも、オリジナリティと言っても、素人が聞いて、誰が演奏しているのかすらわからない。結局は模倣の連鎖。当然、反発する人はいるけど、素人の感覚では納得できる部分がある。勿論、「解釈」って他のことにもある話ではある。例えば、文学とかだって、そういう面がないわけじゃないはず。けれども、例えば、「激怒した」と書かれているものを「激怒」以外に解釈することはないはず。その背景に、「悲しさ」とか「くやしさ」とかの感情があることはあっても、「激怒した」を「歓喜した」と解釈することはないはず。でも、音楽では?
さらに権威主義とでもいえるもの。「あの指揮者だから」「あの演奏家だから」と言った情報でありがたがる。勿論、その音楽家は素晴らしい技術はあるのだろう。けれども、演奏は一回一回で違うものになる。人間だからミスもある。衰えもある。しかし、客たちはそこまで理解しているのか? その状況での葛藤とか、そういうものが何よりも印象に残った。
そういう意味では、中心である由佳の死についても通じている。由佳の演奏に惹かれ、彼女を理解していると思っていた英紀。しかし……
鵜崎の露悪的な、しかし、ある意味では核心を突くような言葉が突き刺さる。

No.6931

にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
にほんブログ村

この記事は、「新・たこの感想文」に掲載するために作成したものです。
他のブログなどに、全文を転載することは許可しておりません。
「新・たこの感想文」以外で全文を転載したブログ等がありましたら、それは著作権を侵害した違法なものとなります。

スポンサーサイト



Tag:小説感想逸木裕

COMMENT 0